5分で「極上」の昆布出汁の引き方を完全にマスターする!



昆布は素材の味を引き立てる縁の下の力持ち。旨味がしっかりとした昆布出汁(こんぶだし)を引ければ、汁物の塩分を控えられ、具材の自然な持ち味を生かすことができます。四季折々の「旬の食材」を生かせれば、料理に飽きることはありません。そこには食べ飽きた「自分の味」ではなく、環境に育まれた「自然の味」があるからです。

例えばお吸い物。魚介類が入るのであれば、出汁は昆布だけで十分です。湯豆腐の繊細な味わいを楽しむ為には鰹出汁の華やかさはいりません。日々の汁物でも、具材の香りと味わい、旨味にしっかりとフォーカスすると、出汁は昆布だけで済んでしまうことも多々あるのです。

また、昆布出汁の原価を計算してみると随分と安いことに気付くと思います。奥井海生堂で販売されている高級な「北海道 利尻礼文島産 昆布蔵囲利尻昆布」が 150gで税込¥2,700円。これを100ccの出汁に置き換えると原価は¥18です(1%出汁の場合)。高級昆布でもこの程度なんです。一般的なスーパーで売られている昆布の場合、100cc原価は¥10以内におさまります。¥10以内で幸せが手に入りますので、これをやらない手はない!今回はじっくりと昆布出汁の話をしてゆきたいと思います。

水を知る

昆布出汁において一番重要なのは「」です。どのような昆布であろうとも、不味い水を覆い隠す程の力は備わっていません。更に、硬い水で昆布出汁を引こうとしても、どうしても美味しくなりません。昆布出汁文化が深く根付いた京都の水道水の硬度は約40。例えば千葉県の水道水の硬度は80以上ありますので、同じ水といえども、全く違う出汁になります。これは抽出法よりも重要な要因です。硬度が高いと旨味を引き出せないだけでなく、ぬめりや雑味が出てしまい、キレを失います。硬い水は昆布出汁の抽出には不利なんです。

昆布やかつおで、だしをとるときは?
軟水が向いています。軟水が表面のグルタミン酸などを溶解し、うま味成分を引き出してくれているのです。これは、昆布やかつお節に限らず、和風だし全般に言えることです。逆に硬水を使ってしまうと、うま味の素であるアミノ酸、核酸系の物質がカルシウムと結びつき、アクとして出ていってしまい、味の質が落ちてしまいます。
味の素KK業務用サイト 「水」と「だし」の深い関係
https://www.ajinomoto.co.jp/foodservice/nihonshoku/vol05.html

まずはお住まいの地域の水の硬度を確認しておくと良いでしょう。下記のサイトで都道府県別の平均硬度を知ることが出来ます。ご参考までに。

ソフトウォータークラブ | 全国都道府県別・平均硬度ランキングを発表!
http://softwater.jp/what/000052.html

たとえ水の硬度が高くても心配しないで下さい。水を軟水化させるイオン交換樹脂を使用した浄水器があれば大丈夫です。代表的な商品として「ブリタ」があります。これは宣伝ではありませんが、15年間ぐらいブリタを愛用してきて、ブリタ水で昆布出汁を引いて不味いと思ったことがなかったので、水の硬度についてまったく気にしてこなかったことを懺悔します。

ブリタがあれば簡単に水の硬度を下げてくれます。メーカー様からこのようなご回答も頂いています。

自治体で供給されている水道水をご使用の上、ブリタポット型浄水器でろ過したお水は、日本人にあった硬度40前後になるよう作られた製品でございます。

昆布

昆布選びについては、それぞれの趣向性に合わせて選ぶとよいかと思います。富山県で愛されている羅臼昆布からは旨味の強い出汁が引けますので、旨味に慣れてしまった環境下では一番ピンとくるかもしれません。京都で普及している利尻昆布からは清澄で上品な出汁が。大阪で多く消費されている真昆布は、旨味が強くキレイな出汁が引けるという良いとこどり。関東で多く流通している日高昆布は柔らかく、直接食べるのにむいていますが、旨味が弱く濁りやすいので出汁にはあまりむきません。

・上品で透き通った出汁
利尻昆布 > 真昆布 > 羅臼昆布

・濃厚で旨味の強い出汁
羅臼昆布 > 真昆布 > 利尻昆布

下ごしらえ

よく見かける「表面を固く絞った清潔な布巾で拭きます」といった下ごしらえがあります。拭き取る理由は以下の通り。

昆布は砂浜などで自然に乾燥させているため、小石や砂などが付いていることがあるためです。ごしごしと水洗いすると、表面のうま味まで洗い流してしまうので、注意しましょう。

昆布講座 9. だしのとりかた | 株式会社くらこん
https://www.kurakon.jp/ency_kombu/10.html

拭き取ることで旨味成分「マンニット」も減ってしまう可能性がありますので、何もしないでそのまま使いましょう。気になるようであれば強く息を吹きかけるか、カメラ用のブロワーで吹く程度で良いでしょう。出汁を漉せば「じゃりじゃり」する可能性はゼロです。

また、昆布は必要以上に切ったりしない方が良い結果になります。早く旨味を抽出しようとして切り込みを入れたりすると、ぬめりや雑味も多く出てきてしまいます。

昆布と水の比率

上質な昆布出汁を引くには、水の重量に対して1%の昆布で十分です。それは多くのレシピで採用されている分量でもあります。この数字を覚えておきましょう!

上質な出汁の抽出法

軟水を用意出来れば、昆布を軟水に浸し冷蔵庫で寝かすだけで十分です。温度を上げなくても十分な出汁が引けます。注意点としては、出汁に冷蔵庫内の匂いが移りやすいので、蓋がきっちりと締まる容器か、ラップと輪ゴムなどを駆使してきっちり密閉しましょう。水の重量に対して1%の昆布を用意し、冷蔵庫内で10時間を目安に軟水の中で昆布を寝かせば、上質な出汁の抽出は終了となります。

取り出した昆布は二番出汁にまわすか、長期保存が可能な佃煮にしてもよいでしょう。出汁がらの消費が追いつかない場合は、塩昆布や佃煮などに加工した後に自炊をしていない友人知人にお裾分け、という手もあります。「もったいない」が義務化して、しぶしぶ昆布を食べているようでしたら、いっそのこと二番出汁を取った後は捨ててしまいましょう。抽出後のコーヒーの粉だと思えば、無理に食べなくても大丈夫ですから。

極上な出汁の抽出法

それではいよいよ話を「上質」から「極上」に進めてゆこうかと思います。繰り返しになってしまいますが、まずは軟水をご用意して下さい。そして、ここからの抽出法は日々の炊事には不向きですので、特別な時におこなうとよいかと思います。

そこそこ知られるようになってきた「60℃1時間抽出」という出汁の引き方があります。
これは昆布の旨味成分の一つであるグルタミン酸を最大限抽出するために導き出されたメソッドです。私も数えきれないぐらいこの方法で昆布出汁を引きました。旨味が強くキレのある極上の出汁を引くには、現在知る限りではこの方法がベストです。京都に本店を構えるミシュラン三ツ星料亭「菊乃井」の三代目主「村田吉弘」氏が編み出したとされる、その出汁の引き方を以下に引用しておきます。

鍋に入れた水に昆布を浸し、弱火で60〜65℃に保ちながら1時間煮出して、グルタミン酸などの旨み成分をじっくりと抽出したもの。そこに、かつお節を加えた、上品でまろやかな味わいの出汁は、科学的根拠に基づいて村田さんが編み出したものです。

婦人画報 | 《レシピ》「菊乃井」村田吉弘さんのおせち・煮炊きもの
http://www.fujingaho.jp/gourmet/recipe_osechi_151126

「菊乃井」の村田吉弘氏が使用するのは二年熟成の利尻昆布。スーパーで流通しているほとんどの利尻昆布は長期間のエージング(蔵囲)がなされておらず、エージングされていない利尻昆布はぬめりが出やすいので、常温からゆっくり温度を上げるのではなく、60℃の軟水に昆布を沈めて、抽出を開始するのがベターです。真昆布や羅臼昆布でも、60℃からスタートした方が清澄な出汁を引く事が出来ます。以下は菊乃井式の鰹節と合わせる一番出汁(合わせ出汁)の場合の分量です。

・分量は軟水1800ccに利尻昆布を30g
・軟水100ccに換算すると利尻昆布を1.67g
・対比にすると、軟水60cc : 利尻昆布1g

家庭よりもはっきりと、しかし出しゃばらないといった絶妙な分量。もしも合わせ出汁ではなく、昆布だけで出汁を完結させる場合は、昆布の分量を増やしてもよいでしょう。

この「60℃1時間抽出」という方法を家庭で行うには、「ANOVA」のような低温調理器があれば60℃に設定しておくだけで放ったらかしでできますが、もし無い場合は、温度計とにらめっこしながら鍋の火をこまめに消したりつけたりする必要があります。しかし、その面倒な作業が報われる程の極上な出汁が引けますのでご安心を。それでもやはり、少し面倒でしょうから、代替として以下の方法を試したところ、良い結果が得られました。

・魔法瓶に65℃のお湯を注ぎ、昆布を入れて蓋をきっちり締め1時間
(THERMOS製の小振りな水筒で実験しました。朝方の室温13℃で行ったところ、65℃のお湯を魔法瓶に注ぎ温度を計ると約63℃。そこに昆布を投入し蓋をきっちり閉める。それから1時間経過し湯温を計ると約58℃)

いずれにしても60℃を長く通過させることが成功の要になります。炊飯器でチャレンジする場合は、一度メーカーに問い合わせた方がよいでしょう。炊飯器の保温機能はメーカーや機種によって様々で、70℃を超えることも多いようです。

70℃を超えると昆布に含まれる食物繊維のアルギン酸(ぬめり成分)が溶け出します。ぬめりが出ると風味が損なわれるため、沸騰直前に取り出すことが大切です。

日本昆布協会 http://www.kombu.or.jp/meister/vol1.html

アルギン酸類を加熱 ( 約 50℃~ ) し続けると、ウロン酸同士の結合が徐々
に切断され低分子化が進みます。低分子化が進むと粘性が低下します。

Product Guide - 舞昆のこうはら | こうはらのアルギン酸
http://115283.jp/dl/alg.pdf

それでは、「60℃1時間」を狙って抽出された出汁から昆布を取り出してみて下さい。昆布からしたたる水にぬめりが少なく、ぽたぽたと落ちているようであれば成功です。それに塩を加えるだけで極上のスープとなっているはずです。

お疲れさまでした!

これにて今回の昆布出汁のお話は終了となります。ご覧いただきありがとうございました。昆布出汁は和食の根幹であり、世界の食文化とボーダレスに交わることの出来る万能な旨味(UMAMI)でもあり、ワインやコーヒーのように捕れた年や場所、エージングなどによって香りや味わいにキャラクターが生まれる奥深い世界です。サードウェーブコーヒーのように「サードウェーブ昆布」の時代が来るかもしれないですね。

このたった1ページの記事を書くのにも、実験や書き直しなどで随分と時間がかかってしまいましたので、次の投稿はまたしばらく先になってしまうかもしれませんが、またお会いしましょう。ありがとうございました。

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参考文献(pdf)

日本及び西洋料理における'だし'に関する研究
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/3...
昆布だし抽出における旨味・雑味成分の拡散挙動
https://oacis.repo.nii.ac.jp/index...
ミネラルウォーター類の使用が昆布だし汁に及ぼす影響
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jisdh/18/4/18_4_376/_pdf/-char/ja


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