100年超えの歴史的パスタを復刻!「長崎スパゲッチー」since 1883


お世話になっている同郷の先輩から不意に頂いたスパゲッティー、その名も「長崎スパゲッチー」。早速目に飛び込んでくる Since 1883。まずはそんな時代に国内でパスタが食べられていた事に驚きますし、現代では見慣れない表記「スパゲッチー」を軽く受け入れさせてくれる程にデザインが優れているように感じました。ネットで調べてみるとパッケージに印刷されている方が当時長崎に「スパゲッチー」の原材料を持ち込み、パスタやパン、マカロニの製法を伝えたフランス人宣教師「マルク・マリー・ド・ロ神父」のようです。詳しくは最後に引用で紹介します。

麺は日本古来の手延製法によって作られています。食文化のクロスオーバー in 1883。形状は若干角張っていて、スリットのような凹みも見受けられます。じっくりどのような料理にするか考えていたら、ふと神父からの啓示を受けたような気がしました、「ナポリタンにしてくれ」と。そんな訳で今回はレシピではなくレビューを簡単に書いてゆきたいと思います。

パッケージ裏面に目を通すと、「この麺には塩分が含まれていますので、塩水でゆでないでください。」というガイダンスが。標準ゆで時間 5分~6分。全て指示通りに茹でてゆきます。5分茹でて湯切りをしっかりし、ナポリタンに仕上げました。


茹でている時にも感じましたが、小麦らしい香りは弱めです。麺はもちもちしていてコシがあり、歯切れがよく稲庭中華そばを膨らませたような食感。歯に張り付くような気持ち悪さはゼロです。角張った表面に凹凸のある形状はしっかりとトマトソースを絡め寄せています。若干ランダムに仕上がっている麺は飽きにくく、最後まで美味しく頂く事ができました(作ったソースの自讚ではない)。「茹で時間の短い乾麺はそれなりの味」という私の中での定説を、この機会に訂正いたします。

イタリアらしいパスタとはおもむきが違い、どんなソースにも合うオールマイティー系なのではないかという予感。今度はオイル系も試してみようかと思います。今回はナポリタンという和製イタリア料理ですので、和製タバスコ的な調味料も試してみました。


まずは大分名産の「かぼす」をタバスコ系に落とし込んだソース、「かぼすスパイコ」を端に三滴。爽やかなかぼすのフレーバーが強すぎてナポリタンがどっちつかずの味になってしまいました。「かぼすスパイコ」はポン酢の味の増強や、蒸し鶏、ドレッシングにフィットしそうです。次にインド生まれ石垣育ちの「アカハチ」唐辛子をタバスコ系に落とし込んだソース「辛すぎ ホットソース」を逆サイドに三滴。これは辛いもの好きには凄く喜ばれそうです。タバスコ以上デスソース未満という気持ちの良さ。ナポリタンの味を大きく損ねることなく辛味と酸味を加えられました。いずれに京ハバネロを用いた「篠ソース」も試してみたいと思います。レビューは以上です。最後に長崎スパゲッチーの歴史を引用しておきます。



「長崎スパゲッチー」を生産する株式会社サンフリードのウェブサイトから引用

明治12年(1879年)黒崎村出津の里(現在の長崎市)に赴任した、フランス人宣教師のマルク・マリー・ド・ロ神父(1840~1914)は、村人たちの暮らしが、あまりにも貧しいのに驚きました。
そこで、生活を向上させ自立する力を身につけさせようと、布教活動のかたわら授産所や救助院を設け、婦女子に故国から小麦粉を取り寄せるなど、私財を投じてパン、マカロニ、ソーメンづくりなどの技術を教えました

しかし、第二次世界大戦の混乱の中で、いつの間にか製造は途絶えてしまいました。人々の記憶から消え去ろうとしていたところ、旧外海町の産業振興策の一環として「ド・ロさまそうめん」を復活させようとの話しがもち上りました。
昭和56年12月、ド・ロ神父(地元の人々は、今も敬愛の念を込めて「ド・ロさま」と呼んでいます)にゆかりの深い、出津修道院のシスターが当時見聞きしていたかすかな記憶を手がかりに、地元の生活改善グループの人たちがド・ロさまそうめんの復活に取組みました。
しかしながら、途絶えてから40年余りがたち、文献もなく教える人も、教えられる人も全くの素人では、まともなソーメンが出来るはずもありませんでした。修道院・生活改善グループ・農協婦人部など5つあったグループも次第に脱落していきました。そして最後に残ったのが旧出津農産加工生産組合でした。

平成20年12月 (株)サンフリード出津ド・ロさま麺事業部としてその事業を継承することとなりました。 私たちは、ド・ロ神父や、これまで製造に携わってこられた全ての方々の想いを大切にし、しっかりとこの歴史、文化を守り続けて行きます。

マルク・マリー・ド・ロ神父 Marc Marie de Rotz (1840-1914)
ド・ロ神父はパンやマカロニなどの製法だけでなく施設建設や事業のために私財を惜しみなく投じ、フランスで身につけた農業・印刷・医療・土木・建築・工業・養蚕業などの広範な分野に渡る技術を当時、貧しかった外海(現在の長崎市)の人々に教えました。
私財を投じて地域の経済発展に貢献した神父の深い愛と人間愛に根差した偉業や遺徳は今もなお輝き、「ド・ロさま」と呼ばれ、多くの人々から敬愛されています。